てんとう虫アパートメント

とある日の午後。日も暮れ、人工光が町を照らす頃、佐倉千尋（さくらちひろ）はお気に入りのコーヒーショップ『和泉珈琲房（いずみこーひーぼう）』を目指していました。ランチの提供もしているこの店は昼夜問わず賑わいを見せていますが、流石に閉店間際ともなると人もまばらなようです。扉を開けると1人のウェイトレスが出迎えてくれました。彼女の名前は月島美晴（つきしまみはる）。そう、今日は彼女に用があって、この店を訪れたのです…。

凰華学園はその名に恥じぬ優秀な卒業生を輩出する代わりに、自宅学習の課題も多く、生徒は必死で机に向かいます。特進クラスともなれば尚更です。そんな大量の課題に溜息を漏らし、樹悠太郎（いつきゆうたろう）は大きく伸びをしました。そこへ一本の電話が入ります。携帯電話に表示されるのは「小沢蛍子（おざわけいこ）」の文字。香川県に嫁いだ彼の実姉です。普段の溺愛ぶりと甲高い声が頭を過ぎりましたが、課題に頭を抱える今なら、丁度良い息抜きになるかも。そう思って通話ボタンを押したはずなのですが、彼の予想は大きく外れ、話はいつもと違う方向へ流れて行きました…。

色々な出来事を乗り越えつつ、充実した日々を送る菜々葉。そんな彼女を、担任教師「倉科杏子（くらしなきょうこ）」が呼び止めました。　「放課後ちょっと話があるから、帰らないで待っていて貰えないかしら」　その少しバツの悪そうな視線に一抹の不安を覚えながらも、菜々葉は先生を待つことにしました。緩やかな午後は刻々と流れ、夕日が空を橙色に染め、部活動を終えて下校する人も見えるようになって来たのに、先生はまだ現れません。そんな菜々葉の脳裏に浮かぶのは、帰宅を急いだ幼い日の自分でした。

神月雀は諦めていました。幼い頃に両親が離婚し、唯一心を許していた母が家から姿を消し、家にも学校にも自分の居場所が無くなり、彼は世界に光を見出すことが出来なくなっていました。理事長の息子である彼は、学校に行ってもその権威を恐れる人しかおらず、家にいるメイドも家庭教師も彼に心を開いてくれる人はいません。このまま父の示す道を、父の望むままに歩んでいくのだと考えていたその頃、海老原吾郎は雀の部屋を訪れたのでした。